晩夏

  

 淡い黄金色の髪と透き通るようなブルーの瞳に映えるだろうと、うっすらと縞の入った群青の浴衣に白の帯を合わせた母の見立ては的確だった。他の者が着ればいささか華美に映るだろうパキッとした色合わせは、跡部のくっきりした顔立ちを見事に引き立てている。
 姿見の前に立って物珍しそうに横を向いたり袖を揺らしたりしていた跡部は、ふいに振り返るなりニヤリと笑った。
「こういうのが好みなわけね」
「……母が選んだものだ」
「俺は気に入ったぜ」
 こちらの返答などお構いなしに言いながら、タオルを巻いてやった腰回りをさすっている。満足そうな横顔を見て、変にいじって着崩さないことを願いつつ、自分の分の浴衣を手に取った。
 織り模様の入った濃いグレーの地に、帯は黒。今年新調したばかりのそれを手早く着付けていく。貝の口に結んだ帯を背中側に回して、歪みがないか確認しようと顔を上げると、いつの間にか跡部が目の前に立っていた。
「その色良いな。似合ってるぜ」
 臆面もなく跡部が言う。むず痒い気持ちを隠すように、姿見の前に陣取る跡部の体を無言で横へと押しやった。
 襟と裾の位置を直して振り向けば、跡部は信玄袋に財布やなんやを詰め込んで、既に準備万端といった様子だった。
「早く行こうぜ」
 待ちきれないのか、いつになく弾んだ声で急かしてくる。
 下駄の鼻緒に指を通し、台所にいる母に「いってきます」と声をかける。玄関の引き戸を開けると、あたりには静かな夕闇が広がっていた。
「何の屋台があるだろうか」
「久々に綿あめとか食いてえな」
「あるといいな」
 他愛もない話をしながら、だんだんと暗くなっていく街を歩く。生ぬるい風に乗って、遠くからお囃子の音色が聞こえる。
「お前もよく似合ってる」
 浮ついた空気に押し出されたのか、さっき喉元で引っかかった言葉が、今度はするりと口をついて出てきた。
「……おう」
 カランカランと景気よく鳴っていた跡部の下駄の音が、急に控えめになった。うつむいた横顔は暗くてあまりよく見えなかったが、多分自分と同じような色をしている。わざと声に出して「暑いな」と言いながら、取り出した扇子で顔を扇いだ。

  

  

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