流星群
「跡部」
どうもさっきから後ろでガサゴソやっていると思ったら、持参したコンロで湯を沸かしていたらしい。手塚の持つマグカップからは、もうもうと白い湯気が立っている。寒すぎて鼻が利かなかったのか、目の前に突き出されるまでコーヒーの香りに気づかなかった。
「サンキュ」
水道もないような場所だったのでどうやって作ったのかと振り返れば、小さなカセットコンロの周りには、二リットル入りの水の入ったペットボトルやら、ステンレス製の小鍋、コーヒーの袋なんかが無造作に並んでいる。どうりで一泊どころか三、四泊出来そうなリュックを背負ってきたはずだ。
「どんだけ持ってきてんだよ」
「足りないよりはマシだろう」
「どうだか」
マグカップを両手で包むように持つと、かじかんだ指先がジンジンと痺れた。飲み込んだコーヒーが熱い塊となって食道から胃へ流れ落ちていく。家では絶対に自分でドリップコーヒーなんて淹れないくせに。こういう時は張り切るのな。
「旨いか?」
鼻の頭を真っ赤にした手塚がどこか期待を込めた目で見つめてくるので、少し意地悪したい気持ちになる。
「ブランデーでも入れたら、もっと温まるんだけどな」
その魔法のリュックには入ってねえのかよ、と言うと、手塚はあからさまにムッとした顔をしたが、すぐに何かを思い出したようにリュックの中を漁り始めた。
「……これで我慢しろ」
手塚はビニール袋を取り出すと、その中に入っていた白い塊を跡部のマグカップの表面に落としていった。マシュマロだ。跡部のマグカップがいっぱいになると、自分のマグカップにもぽとぽとと落としていく。
手塚にマシュマロ!
変なツボに入って笑っていると、追い打ちをかけるように「チョコもあるぞ」と銀紙を取り出してみせるので、マシュマロが完全に溶け切るまでコーヒーに口をつけられなかった。
小さなコンロを足元に置いて、暖を取るついでにチョコとマシュマロを炙りながら流れ星を待つ。極大まであと数十分。
そのとき、手塚が「おっ」と小さな声を上げた。一拍遅れて顔を上げるが、時すでに遅く。空には流れ星の尾の欠片すら見当たらなかった。
「見逃した……!」
溶けたチョコが火の上に落ちて、ジュッと音を立てる。
次こそは、とキョロキョロと空を見上げていると、前触れもなく肩を引かれて、気づいたときには地面に敷いたレジャーシートの上に仰向けになっていた。目に映るのは満天の夜空と、夜の闇に滲む手塚の輪郭だけ。
「流れ星を見るなら、視野は出来るだけ広いほうがいい」
手塚の言う通り、ほんの少しの違いで空はずいぶん広くなった。視界いっぱいの星たちは曖昧な距離感を保って宙に浮かぶ光の雨粒のようで、今にも音を立てて降り出してきそうだ。
「確かに、こっちのほうが見つけやすそうだ」
跡部が感心している隣で、手塚はまたもやごそごそとリュックを漁り始めた。どうやって収納していたのか、大きなブランケットを一枚取り出す。
「一枚だけか?」
問いには答えず、手塚は跡部の隣に寝転ぶと、ピタリと身体を寄せて二人の身体を覆うようにブランケットを掛けた。
「一枚で十分だろう?」
妙に得意げに手塚が言う。跡部は「うん」なのか「ううん」なのか判別のつかない声を出した。
「しかし冷えるな……。寝袋のほうが良かったか」
「ったく、ムードがねえな。こうすりゃいいだろ」
跡部はそう言うや否や、ギュッと手塚に抱きついた。その矢先、
「あ」
「また見逃したじゃねえか……!」